ジャングルでの苦しみの三年間

                                                              2005年4月2日Peroodistadigital.com記事より


コロンビアの上院議員、イングリッド・ブタンクールは政界の腐敗と汚職に片をつけようと目指していた。よく似た名前の82-86年のコロンビア大統領、ベリサリオ・ベタンクールとは親戚関係は全くないが、政界と無縁ではなく、イングリッドの父親のガブリエル・ブタンクールは、66-70年のレストレポ大統領時代に教育大臣を務めた役人である。母ヨランダはボゴタ市内に五つの子どもの収容所を作った慈善事業活動家で、イングリッドのコロンビアに対する深い愛情はこの二人の両親から受け継いだものである。

イングリッドは中道左派の政治組織「オキシヘノ」を創設したことで知られているが、彼女の名前をもっと有名にしたのが

2001年に出版された自叙伝「心の怒り」で、フランスで大変な売り上げを記録した本である。その翌年2002年2月23日、約二万人のゲリラで組織されているコロンビア武装革命軍(FARC)に誘拐されて、今でも人知れぬジャングルのどこかで人質の日々を送っている。

子ども時代のほとんどをパリで過ごしたイングリッドだが、13歳の時に父親のガブリエルが彼女に言った。「お前はヨーロッパの一流の学校に通い、洗練された文化を享受しているが、それがコロンビアのお陰だということを忘れてはいけない。コロンビアの庶民の子どもたちが決して送ることの出来ない生活を送れたということは、コロンビアに借りを作ったと同じ事なのだよ。」

その後、イングリッドはパリで政治科学を専攻し、フランス人外交官と結婚。二人の子どもに恵まれて、夫とセイシェル島で暮らしながら、コロンビアには頻繁に足を運んだ。1990年29歳の時、夫と離婚して単身でコロンビアに渡った。

イングリッド・ブタンクールは自分の意思をしっかり持つエネルギッシュな女性で、数々の逸話を残している。例えば1994年、ボゴタ市内でコンドームを配り、一躍社会に名を知られるようになった。知名度が上がったお陰か、同年の選挙ではもっとも多い得票数を得て下院議員に選ばれている。誘拐される少し前にバイアグラの錠剤を街で配ったことも有名な逸話である。

パリ在住で弁護士の姉、アストリッドは、先日スペイン政府に援助を求め、モラティノス外務大臣と面会。結果は満足のいくものであったようで、スペイン政府はコロンビア政府に、FARC と人質解放の合意を取り付けるように説得してくれるようだ。

現在コロンビアでは人質として約三千人が捕らえられている。多くが身代金目当ての誘拐なのだが、そのうち約六百人はFARC ゲリラに監禁されており、そのうち約60人がコロンビア軍の軍人及び政府関係者で、あと約25人が政治目的のために誘拐された議員などである。

FARC はおそらく、政府が捕まえた150人のゲリラと引き換えにコロンビア軍の軍人たちを解放する交渉に応じると思われる。このやり取りが実現すれば、25人の政治家の人質も解放されるかもしれない。

イングリッドの家族は、コロンビア政府が人質救出の作戦行動に出ることには反対している。イングリッドのとしごの姉、アストリッドによると、「FARC は常に、救出作戦で相手がやってくれば即座に人質を殺す、と言っているし、ゲリラたちは銃を発砲する用意はいつでも出来ているのだから、ヘリコプターの姿を見たら着地する前に全員を撃ち殺しているに違いない。コロンビア政府が人質救出の努力をしようとしていることはありがたいが、ジャングルのような立地条件では奇襲攻撃は成功率が低すぎる。」

またアストリッドは、ウリベ コロンビア大統領はイングリッドの解放に消極的であると考える。理由の一つは、コロンビア政府が受けているアメリカからの麻薬・テロ対策資金で、麻薬・テロと戦うはずの政府がゲリラ組織と合意を結んだりなどしたらアメリカ政府に悪い印象を与えて資金をもらえなくなるかもしれない、という懸念。もう一つの理由は2006年9月に予定されている大統領選挙で、同じ政治家のイングリッドがゲリラと交渉をし、国際社会から支持されているイメージが国内に広がったりなどしたら、ウリベ現大統領の不利になる、ということ。

事実のほどは明らかではないが、アストリッドはウリベ大統領が今までに三回もイングリッドの解放運動の妨害をしたと言う。一度はコロンビアのキリスト教会によるもの、二度目は国連による救出うんどう、そして三度目はスイスが仲裁に入ってFARC と人道的解決を取り付けようとした時である、という。ウリベ大統領の政治野心を考えれば、可能性が無いわけではない。

そうこうしている今も、イングリッドはジャングルのなかでコロンビアへの借りを返し続けている。「生きていることは素晴らしい。」という一節が残る自叙伝の中で、「私は社会のために殉死した英雄になどなるつもりは無い。人々が平穏に年老いていくことの出来る社会を作りたいだけ。」と語っている。


AlterFocus : Ingrid Betancourt et ses enfants www.Betancourt.info